DSCの基礎2

 

融解とは? 

そのまんま。固体であったものが、液体になる現象のこと。身近な高分子の融解の具体例としてはろうそくが挙げられる。ろうが炎の付近で温まると液状 になるが、垂れて温度が下がると固体になる(ただし、多くのろうは中程度の分子量の脂肪酸エステルなので、高分子でないことが多い。イメージとして考えてもらったほうがよい。本当に正しいのはスチロールのトレイが熱で融けたりする現象など。)。ちなみに結晶型の転位などでもDSCでは似たような吸熱ピークが現れることもある。心配だったら融点測定もした方が無難。

 

ガラス転移とは?

ガラス転移は結構理解しにくい現象と言える。「チューインガムが寒いところでは硬いのに、口の中では柔らかくなって形が自由に変わるけど液体ではな い」というのが身近な例だが、やや分かりにくい。

 難しい(正しい)定義

液体状の高分子を融点以下に冷却すると、流動性がほとんど無くなり、一見固体状態に見える過冷却液体という無秩序な準安定状態を取るようになる。この状態では分子はゆっくりと動くことができるので、秩序を持つ状態である結晶状態が自由エネルギー的に有利であれば、結晶化が起き、まぎれもない固体である結晶が生成する。

過冷却液体をさらに冷却していくと、分子運動がさらに制限されるようになり、最終的にはほとんど停止する。この過冷却液体が運動性を失う現象をガラス転移と呼ぶ。つまりガラス転移は無秩序である非晶部位 (過冷却液体)でしか起きない(固体である結晶は融解するだけ)。

 

 人によってはやさしい(大体合っている)定義

過冷却液体

高分子のどろどろした液体が冷えて、原子それぞれは動いていたいんだけど、まわりの原子の動きが悪くなって、道連れで動けなくなったもの。なので、原子はそれなりに動こうと努力しているので、分子鎖はぷるぷる動いている感じ。 

ガラス状態

過冷却液体がさらに冷えてぴくりとも動けなくなった状態

 

 以下のサイトにわかりやすい絵が有ります。

  「生活環境化学の部屋」の高分子の融点とガラス転移点

 

なぜ柔らかくなるガラス転移の後に硬くなる結晶化が起きるの?

前に出たポリ乳酸のDSCサーモグラムを見ると、ガラス転移(+エンタルピー 緩和)、結晶化、融解の順で熱挙動が現れている。

柔らかくなるガラス転移の後に、硬くなる結晶化が起きるのは一見矛盾があるように感じられる。では、なぜこの様なことが起きるのかというと、ガラス転移と結晶化はそれぞれ違う領域で起きているからである。

 

これを理解するために、模式的に冷却過程を書くならば以下のようになる。

つまり、結晶化はガラス状態から起きているのではなく、過冷却液体から起きる(液体からいきなり結晶化することは可能)。結晶性ポリマーがガラス転 移点以下に冷却された状態では、結晶部位とガラス部位が混在することになる。

 

逆に、DSCの昇温過程を考えると、

この様になっており、最初はガラス状態と結晶が混在しているが、ガラス転移点を超えると、過冷却液体と結晶が混在することになる。この過冷却液体の 一部が結晶化する場合があり、この様な場合にガラス転移点以上の温度で結晶化のピークが見られる。一般に結晶性ポリマーは、全ての分子鎖が結晶しているわ けではなく、非晶部(過冷却液体もしくはガラス部)も多々含んでいる。

 

エンタルピー緩和

ガラス転移点において、昇温過程では高温側に融点のようなものが見えるときがある。これはエンタルピー緩和と呼ばれる現象である。前のページで述べ た2/3則からも分かるが、ガラス転移点のすぐ後には融点は来ないので注意が必要。

では、エンタルピー緩和とはどのような現象かというと、不安定な状態のまま固まってしまったガラス状態がガラス転移点以上の温度で動き出すと、過剰に持っていたエネルギー(より厳密に書くならばエンタルピー、エントロピー、体積などの熱力学的量)を緩和していく。この現象をエンタルピー緩和と呼ぶ。

急冷したサンプルやゴム性の強い材料のガラス転移で強く観測される。先ほどのDSCでもわかりにくいが観測されている。DDSCがエンタルピー緩和のところで負になっている。DDSCについては次のページを参照のこと。

 

その他色々

ガラス状態から過冷却液体への転移、過冷却液体や結晶から液体への転移では体積が大きくなる。これは気体から液体、液体から固体への転移の場合と同 じ。

ガラス転移点以上だから流動性があるとは限らない。ポリエチレンがいい例。

分子の動き易さによってガラス転移や融解の挙動は変わるので、分子量依存性がある(分子量が大きければいずれの温度も高くなるが、ある程度で飽和する)。ただし、分岐ポリマーなどでは分子量依存性が小さくなる。

リファレンス側には適切な重さのアルミナが入ったパンを置く(サンプルの比熱によるが普通有機ポリマーの場合は、ポリマーの1/2くらいの重さのアルミナなどの入ったリファレンスを置く)。そうしないとベースラインがまっすぐにならない。いくつかの重さのものを作って、サンプル瓶に保管しておくと便利。意外と吸湿したりしないで結構使える。なくさないように、表か裏にスパチュラなどのとがっているもので入っている重量を彫っておいたりするとより便利。

DSCは分解挙動の解析などにはあまり向いていないので(出来ないことはない)、揮発成分が出るサンプルについてはDTAで解析するのが普通。


DSCで吸熱とか発熱とかを見ているというのは厳密にはちょっと違うこともある。例えば、融解がなぜ吸熱ピークとして観測されるかというと、一定の温度をリファレンスとサンプルにかけていったときに、サンプル側では融解させるために熱を消費するので、温度が上がらない。このため、リファレンスより温度が低くなっているから、吸熱的なピークとして観測される。

 

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