イオウを仲立ちとする有機-無機ハイブリッド材料の開発


 プラスチックなどの有機構造と、セラミックやガラスなどの無機構造を融合させた、両者の利点を併せもつ材料である有機-無機ハイブリッド材料は近年数多く研究されている。この合成方法としては、両者を適切に混和させる方法と、両者を化学結合で直接結びつける方法がある。後者のほうが安定性や均一な混和には一般に有利であるが、有機構造と無機構造の親和性の低さが問題となることが多い。そこで、無機構造、特に重金属と有機構造の双方と安定な結合を形成できるイオウに着目した。
 イオウ源としては、メタンや木炭とイオウから簡便に合成できる二硫化炭素を用いている。これらの原料はいずれも豊富な資源であること、および二硫化炭素は多様な有機化合物と反応して容易に有機イオウ化合物を合成できるからである。ここでは特に簡便な手法である、二硫化炭素とエポキシドとの反応による五員環ジチオカーボナートの合成、および得られた五員環ジチオカーボナートとアミンとの反応によるチオールの合成を利用する機能性高分子材料の合成について紹介する。


○ 五員環ジチオカーボナートの合成と、アミンとの反応によるチオールの合成

 以降の有機-無機ハイブリッド材料の合成は、以下の反応を元に行っている。
 チオール類は酸化カップリングにより容易にジスルフィドとなる。多官能チオールは酸化カップリングにより架橋体になりやすいため、市販品はほとんど無い。五員環ジチオカーボナートとアミンとの反応は非常にすみやかかつ選択的に進行し、チオールを与えるクリック反応である。五員環ジチオーカーボナートの前駆体であるエポキシドは多様な多官能体が入手可能であることから、これを五員環ジチオカーボナート誘導体へと変換すれば、安定な多官能チオールの前駆体として利用できる。




○ポリメルカプトチオウレタンを高分子連鎖移動剤とするグラフトコポリマーの合成と貴金属捕集剤への応用

 チオールを持つポリマーは高分子連鎖移動剤として有効であり、さまざまなグラフトコポリマーの前駆体として利用されている。しかしながら、チオールは求核 反応性とラジカル反応性を併せもつため、チオールを持つポリマーの合成には一般には保護と脱保護が必須である。これに対して、二官能性五員環ジチオカーボ ナートとジアミンとの重付加では、保護を必要とせずに側鎖にチオールを一ユニットあたり二つ持つポリマーが得られる。
空気中で本重付加反応を行うと、ジスルフィド架橋部位と未反応のチオールを併せもつ架橋体が生成する。これを高分子連鎖移動剤としてスチレン及びMMAのラジカル重合を行ったところ、 対応するコアのみが架橋したグラフトコポリマーを得ることができた。得られたコポリマーはグラフト鎖をコアに対して約20倍含むため、溶媒に良好に膨潤し、フィルム状に成形することも可能である。
一方、可溶性のリニアポリマーを高分子連鎖移動剤とした場合には可溶性のグラフトコポリマーが得られる。この重合でMMAをモノマーとして用いると、興味深いことにフリーラジカル重合であるにもかかわらず、分子量がMMAの仕込み比によって制御でき、重合中のMMAの消費量にしたがって分子量が増大すると言う、制御ラジカル重合のような挙動を示す。
五員環ジチオカーボナートを利用するグラフトコポリマーの合成

○求核付加からラジカル付加への変換を利用する三成分重付加反応と得られるポリマーによる金属捕集

 五員環ジチオカーボナートへのアミンの求核付加は、前述のようにラジカル付加性をもつチオールを与える。つまり、五員環ジチオカーボナートは求核攻撃を受ける化合物でありながら、潜在的にはラジカル反応もできる化合物である。これを利用して、高原子効率な三成分の重付加反応を設計した。多成分を同時に秩序良く反応させることができれば、2成分系よりも生成物の構造が多様となるので、さまざまな機能を持った分子を設計できる。しかし、例えば3つの成分を反応させようとした場合には、最初に二つの高反応性の基質が完全に反応し、これにより得られたより安定な化合物が残った最も安定な基質と反応しなければならない。このために、第一段階の反応基質を過剰に加えたり、第一段階で安定な脱離成分が生じるようにしたり、といった工夫を要する。これらは必然的に反応に用いた原子の一部は生成物に利用されないことになるので、原子効率の低下につながる。これを解決するために、この求核付加性の基質からラジカル付加性への基質への変換を利用することで、付加反応のみからなる3成分重合を達成することができた。すなわち、五員環ジチオカーボナート、ジアミン、ジインの3成分の反応では、まずはアミノ基のジチオカーボナートへの求核付加のみしか起きない。ジインはこれによって生じたチオールとしか反応しないので、三成分の定序的な重付加が進行するわけである。つまりこの反応は、五員環ジチオカーボナート+アミンのクリック反応と、得られたチオール+アルキンのクリック反応という、タンデム型のクリック反応からなる重合である。
 得られたポリマーは、ソフトなルイス塩基であるチオカルボニル基をもつため、ソフトなルイス酸である金塩およびパラジウム塩を効率よく吸着することができる。



これらの研究の元となった含イオウポリマーの合成については以下の総説・論文で紹介しておりますので、興味をお持ちの方はご覧ください。

1)     CS2を原料とする新しい高分子材料の創製
     永井大介・落合文吾・遠藤剛 未来材料 4 (12), 24-29 (2004)
2)     Carbon Dioxide and Carbon Disulfide as Resources for Functional Polymers.
      Ochiai, B.; Endo, T. Prog. Polym. Sci. 30 (2), 183-215 (2005) Science directへのリンク
3)     二酸化炭素・二硫化炭素を原料とする高分子合成
      落合文吾 高分子論文集 63 (8), 519-528 (2006)

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